Make me happy

“ちなみにビルゲイツは学生時代に常に数冊の本を持ち歩いていて、少なくとも年間300冊以上は読んでいた
それが原因で学校の連中に「prn(印刷物を意味するprintからきた侮蔑する言葉)」とあだ名を付けられたんだが
ビルゲイツはいい年になった今でも当時のあだ名をひどく嫌っているらしく
windowsで新しいフォルダを作るときに「prn」という名前を付けられないようにした”

ビルゲイツの学生時代のあだ名 : 2chコピペ保存道場

マジで作れない!

(via musicalife) (via crossbreed)

(via ubiquity-life) (via loveanymore) (via tscp) (via appbank) (via ishikura) 2009-10-29 (via yasaiitame) (via benewmeister) (via jaccoy)

先生は、学生たちに抜き打ちテストを行うために、彼らの前で次のように宣告した。

「来週の月曜日から金曜日までのいずれかの日に抜き打ちテストを行う」

これを聞いたある学生は次のように推論した。

「抜き打ちテスト」という言葉を論理学的に推論しやすくするため、「ある日にテストが行われることが、前日までには予測できないテスト」であると定義する。すると、以下のように推論できる。

まず、金曜日に抜き打ちテストがあると仮定する。すると、月曜日から木曜日まで抜き打ちテストがないことになるから、木曜日の夜の時点で、翌日(金曜日)が抜き打ちテストの日であると予測できてしまう。これは、先ほどの「抜き打ちテスト」の定義に矛盾する。よって、金曜日には抜き打ちテストを行うことができないということが分かる。
次に、木曜日に抜き打ちテストがあると仮定する。すると、月曜日から水曜日まで抜き打ちテストがないことになるから、水曜日の夜の時点で木曜日か金曜日のどちらかの日に抜き打ちテストがあることが予測できるが、1.により金曜日には抜き打ちテストがないことが既に分かっているので、翌日(木曜日)が抜き打ちテストの日であると予測できてしまう。これも、先ほどの「抜き打ちテスト」の定義に矛盾する。よって、木曜日にも抜き打ちテストを行うことができないということが分かる。
以下同様に推論していくと、水曜日、火曜日、月曜日にも抜き打ちテストを行うことができないということが分かる。したがって、「先生はいずれの日にも抜き打ちテストを行うことができない」という結論になる。

そして、抜き打ちテストが予告された週になった。木曜日まではこの学生の予想通りに抜き打ちテストは行われなかった。しかし、金曜日になって先生が「では、今から抜き打ちテストを行う。」と宣告したのである。

すかさずこの学生が立ち上がり、前記の推論を述べて抜き打ちテストを行うことができないことを説明した。すると、先生はこう反論した。

「君は今日抜き打ちテストが行われないと思っていた。ならば抜き打ちテストは成立しているじゃないか!」

学生は唖然とし、首をかしげたまま抜き打ちテストを受けることになった。以上が「抜き打ちテストのパラドックス」である。

抜き打ちテストのパラドックス - Wikipedia (via nozma)

(mitukiiiから)

田崎さんはマーグリスを使ってこんな話をしています。

問題は性の起源。

マーグリスによれば性と生殖は明確に区別される。

性とは「二つ以上の源泉に由来するDNAの組換え」。
生殖とは「個体数の増加」。

どういうことか。

この区別の意味を理解するのは、「老化とは何か?」から話を始めるのがよいでしょう。

老化というのはそのメカニズムがよく分かっていなくて、なぜ生物が老化するのかという問題はまだ謎めいているところが多いらしいです。

で、老化発生の原因として有力視されているのが、DNA損傷蓄積説というものらしいです。

DNAというのは紫外線なんかによわくて、すぐに損傷する。

するとプログラムが狂ってしまって、自己複製がうまくいかない。で、老化すると。



どうやら性というのは、この老化に対抗するために出てきたシステムのようなのです。

どういうことかというと、DNAは4種類の塩基からなる二重螺旋ですね。

4種類の塩基は対になるものが決まっている。アデニン(A)はチミン(T)と、グアニン(G)はシトシン(C)と対になる。

つまり、一方にATCCという並びがあれば、他方はTAGGという並びになっている。

DNAが複製されるときは、二つの鎖がほどけて、それぞれが一本になり、その両方に対応する塩基がくっつく。

DNAはこのようにどこか一部が壊れても、同じ情報が再生できる安定性にその秘密があるらしいです。

でも、鎖の一本だけが痛んでいるならそこを切り離してなんとか修復できるけれど、両側が損傷したりして、どうにも修復できなくなったときはどうすればよいか。

別の個体に由来するDNAまたDNAの断片を使うという方法がある。

どうやら、これが性の起源らしい。

細菌のような単細胞生物は他の細菌と接合したり、死んだ細菌の放出したDNAを取り込んだりできる。

つまり、他の個体からDNAをもらい、それによって自分のDNAを修復する。

単細胞生物の場合、そのようなセックス(!)によって、分裂能を回復することができる。

つまり

若返る!

これを田崎さんはこんな風に説明しています。

「単細胞生物では、セックスによって自分自身が自分の子供になってしまうのだと考えるとわかりやすいかもしれない。そうして一種の生物時計をゼロに巻き戻 すことができるのである。私たち〔多細胞生物〕の場合、幸か不幸か、ゼロからスタートする個体と私たちは別の個体なのである」(p.47)。



これは性についての見方を一変するものだと思います。

性とは「二つ以上の源泉に由来するDNAの組換え」でした。

単細胞生物はDNAの取り込みとそれによるDNAの組み替えによって、損傷したDNAを復元する。そして若返る(子供として生まれ変わる)。

生殖は分裂によって行う。

だから性と生殖が別。

対し多細胞生物の場合、DNAの取り込みと組み替えによって若返った細胞は、新しい個体として生まれる。

だから、ここでは性が生殖と切り離せないように見える。

でも、

そもそも性(セックス)というのは

或る個体が老化によってどうしようもなくなったときに

生き延びるために出来上がったシステム。

つまり、

種の存続のためじゃなくて

個体の生き残りのためにできたシステムだということです。



性と生殖とを切り離せないものとして考えるのは

人間中心主義どころか

多細胞生物中心主義であるわけです。

俺等の方が後釜なのに、

先輩たちが作ったシステムを誤解して偉そうなことを言っているわけですね。
真木悠介とドゥルーズ、性と生殖の差異|Philosophy Sells…But Who’s Buying? (via liefujishiro) (via inu) (via udonchan) (via otsune) (via kml) (via mcsgsym)
2010-08-24 (via gkojay) (via marekoromo) (via fmfy)
“2 名前:名無しさん@九周年[] 投稿日:2009/05/08(金) 06:37:59 ID:k90ZSaDR0
こんちには みさなん おんげき ですか? わしたは げんき です。
この ぶんょしう は いりぎす の ケブンッリジ だがいく の けゅきんう の けっか
にんんげ は もじ を にしんき する とき その さしいょ と さいご の もさじえ あいてっれば
じばんゅん は めくちちゃゃ でも ちんゃと よめる という けゅきんう に もづいとて
わざと もじの じんばゅん を いかれえて あまりす。
どでうす? ちんゃと よゃちめう でしょ?
ちんゃと よためら はのんう よしろく”
脳って不思議! : 2chコピペ保存道場 (via kml) (via oosawatechnica)

(via:taxima2) (via kuenishi)

(via lgc, fmfy) 2010-07-04 (via gkojay) (via motomocomo) (via mitukiii)

164 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/07/13(水) 14:01:41.00 ID:crL7v9Ro0
死体「お経を止めて一秒」

名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/18(木) 19:49:40.48 ID:njjGyS5Q0
あなた真言経を読むから

名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/18(木) 19:45:28.60 ID:6Jub8Mn60
そこから南無も聞けなくなるの骨壷ロンリネス

名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/18(木) 19:46:13.51 ID:6Jub8Mn60
おねがい
墓っ地墓っ地
盆に墓っ地
あ・な・た・釈・迦~

初見は必ず吹くコピペ貼ってけ 前編 BIPブログ (via plasticdreams)

(mcsgsymから)

“人間はお店に入ってから4メートル歩かないと消費行動に移れないと言われています。”
脅威の人間誘導力(ページ3) :: INSIGHT NOW! (via draftcode) (via plasticdreams)
2009-01-25 (via gkojay, nakano) 2009-10-03 (via gkojay) (via skeeve6254) (via text-man)
“502 名前:読者の声 [sage] :2010/06/27(日) 19:22:25 ID:6I9YkyAV
会いたくて会いたくて震えるのが西野カナ
会えないから会いたいのが沢田知可子
会いたいくて会えないから私だけを見てほしいのが加藤ミリヤ
会いたくて会えなくて長すぎる夜に光を探してるのがGLAY
会いたいから会えない夜にはあなたを思うほど Uh UhするのもGLAY
会いたくて会えなくて揺れまどうけれど目覚めた翼は消せないのがラルク
会いたくて会えなくて唇噛み締めるのがEXILE
会いたくて会いたくて涙が止まらない夜なのが岡本真夜
会いたくて会いたくて素直な自分でいつもいられないのがLINDBERG
会いたくて会いたくて眠れぬ夜にあなたのぬくもりを思い出すのが松田聖子
会いたくて会いたくて言葉にできないのが小田和正
別に会う必要なんてないのが宇多田”
コピペ運動会 - No.17689 会えばいいのに (via pdl2h) (via ukar) (via rochiai)
2010-07-01 (via gkojax-text) (via mitukiii)
“電子書籍の素晴らしい所、気付いた。これあれだ、終わりがいつか分からんわ。推理小説とか特に効いてくる。”
Twitter / jarinosuke (via 774) (via handa) (via marekoromo) (via nemoi) (via oharico) (via midnightyukai) (via london-paris)
2010-05-31 (via gkojax-text) (via mcsgsym)

ある日、ブログ(mixiではない)で友人Aが落ち込んでいる事を匂わせる日記を書いていたのでメールで連絡をしてみた。

「ブログ見たんだけどなんかあった?大丈夫?」

「うんまあなんとか。詳細はmixiに上げてる」

mixi見なきゃかーと渋々ログインをしたら、アップされている記事は友人Bに対する愚痴と不満だった。BからAに対する仕打ちに驚きもしたのだが、限定公開でそれをB以外の全員に公開しているのにも驚いた。

AとBは、私を含む数人のグループで出来上がっていて、閲覧者はほぼ全員AとB両名とも友人と言っても過言ではない。コメントではAに対する同情とアドバイス、Bに対する不平不満が述べられていた。

その数日後には限定公開を解除してなんでもない買い物日記を書いて、Bも含む数名が何でもない事のようにまたコメントを返している。


ものすごい恐怖を感じた。


私と、他マイミクにとっては同じmixiなのに友人Bにはまるで違う日記に見えるのだ。

友人Bを含むみんなの目の前で声高に陰口を言っても、友人Bには決して聞こえる事はないのだ。

陰口だって同じ事だと言うかもしれないけれど、それを表の顔と同じ表層で述べられては恐ろしさが違う。


私が見ている記事は、皆と同じなんだろうか?

もしかしたらAには見えて、私には見えていないのかもしれない。存在しているはずなのに。

mixiは本音と建前が同じ表層にあるのが恐ろしい (via hnsm) (via circusofpain) (via akko2524) (via yoconyan) (via ipodstyle)
2009-07-28 (via gkojay) 2009-11-01 (via yasaiitame) (via mitukiii)

普段読まないものを読みたい

自分がお金を払って買う雑誌は、今だとせいぜい「ムー」ぐらいなんだけれど、医局で当直していると、「週刊実話」だの、「DIME」だの、他の先生がたが置いていった雑誌が積んであって、普段だったら手に取ることはない、こういう本をパラパラめくると、けっこう面白い。自分が直接興味がある内容でなくても、そういうものに興味がある人がいて、それを面白がる人が書いた文章というのは、読んでみるとやっぱり、面白いから。

恐らくはたぶん、あえてお金をそれに支払ってまでは読みたくないけれど、あるならちょっと読んでみたい、というグレーゾーンの需要は、本当はけっこう大きいのだと思う。

「実話ナックルズ」だとか、「漫画大悦楽号」だとか、カストリ雑誌とか、三流劇画誌なんていわれたジャンルの血を引く雑誌はまだまだあって、こういうのを普段買う機会はないんだけれど、読めるものなら、ちょっとどころかぜひとも読んでみたかったりはする。ニューズウィークの英語版を読んでるようなエリートだって、当直室の片隅に、英語の論文雑誌と一緒に、こういうのが山と積んであったら、こっそりページをめくるだろうし。

値下げでは購買につながらない

「ちょっと読んでみたい」というのはしっかりとした需要なのに、ここを掘るのは難しい。スキャンダル雑誌みたいなのが、じゃあ1冊600円ぐらいするのを、たとえば100円に値下げすれば「ちょっと」が実現するかといえば、ふだんニューズウィークを読むような人は、やっぱり買わないだろうと思う。

こういうのをたとえば、電子書籍で、毎月一定の金額を支払ったら、そのサービスに登録してある雑誌を好きなだけ読んでいいよ、というようなサービスを展開してほしい。漫画喫茶を電子世界でやるのとだいたい同じだけれど、一定金額を支払って、何十種類かの登録された雑誌をダウンロードして、自由に読めるようなサービス。お金はどこかの会社が一括で集めて、雑誌ごとのアクセス数に応じて、集まったお金を配分するようなやりかた。

今みたいな「お試し読み」でない、雑誌のサービスパックみたいなやりかたは、恐らくは出版社ごと、ジャンルごとに、これから登場してくるのだろうけれど、できることなら、こういうのは、「固い」雑誌と、その対極にあるような、読むだけで頭が悪くなりそうな、そういう雑誌とを、ごっちゃにしてほしい。

グレーな需要を掘り起こす - レジデント初期研修用資料 (via takets) (via kondot) (via attrip) (via budda) (via otsune) (via oosawatechnica) (via yaruo)
雑誌読み放題プラン同感。例えば新書も月額読み放題にする手があるんじゃないかなと思ってる。 (via yoosee) (via gkojax) (via kashiyukalove, flipflaps0000-deactivated201105) 2010-07-14 (via gkojay) (via syabuichi) (via papertips) (via petapeta)